出生前診断について

医学の発達によって、昔はわからなかったような先天異常が生まれる前からかなり判明するようになりました。そういう技術を胎内診断とか出生前診断といいます。
そのことによって、出生前に心の準備をして、治療の準備をしておくことが可能になったのはとても意味のあることだと思います。近年では、胎内治療といって、母体内で治療する技術もかなり進んできています。

しかし、一部に大変残念な風潮があります。それは、出生前診断をして異常がみつかったら中絶するという方がいることです。そこで、何事も状況を正確に知る必要がありますので、出生前診断について良く考えてみましょう。

一般に、先天異常は下記の3種類に分類することができます。
ひとつは、生まれても全く治療の見込みがなく、生きていくことができないような先天異常です。無脳児が代表的です。このような場合は、ご本人やご家族と良く話し合って、中絶を選択することもやむをえないと思います。
ふたつめは、病気そのものを根本的に治療することはできなくても、治療や教育・訓練によって大人になるまで成育し社会生活も可能になるようなケースです。21トリソミー(ダウン症)などの、軽症の染色体異常が代表的です。ダウン症のお子さんは、「天使の病」といわれるほど、とてもニコニコしていて性格が優しいのが特徴的です。ダウン症ということが判明するとお母さんもご家族も当然驚いて落胆しますが、一生懸命育てているうちに「我が家のアイドル」になってとてもかわいがられるケースが多いのです。数年前には、一生懸命に勉強して学力試験で一般の大学に合格したダウン症の女性がいらして、多くの皆さんの感動を呼びました。
みっつめは、先天異常であっても治療法が確立されていて、正常に発育する可能性が十分にある場合です。先天性心疾患、先天代謝異常、腸管閉鎖、等々。かなり多くの先天異常が治療できる時代になりました。
また、上述しましたように、妊娠中のおなかの中で、治療することができる場合もあります。

では、出生前診断にはどのような方法があるかご説明します。
超音波診断→赤ちゃんの発育状況を調べるために、当クリニックの妊婦健診では毎回おこなっています。画像を検討することによって、各種の先天異常が発見されることがあります。もともと妊婦健診で必要不可欠の検査ですが、赤ちゃんの異常が見えてしまうということですから、何か問題が見つかれば必ずご説明します。
クワトロテスト→妊娠15週から18週の妊婦さんから採血して各種の血清マーカーの数値を組み合わせて、ダウン症等の確率を計算する方法です。費用は、2万円程度の施設が多いようですが、一部には3万円も請求する施設もあるようです。あくまで、確率ですから、確定診断は下記の羊水分析を必ずすべきです。この検査のみで中絶すると正常な赤ちゃんまで中絶される危険性がありますし、そもそもダウン症の確率が高いからといって中絶することは法的に許されていません。たいへん問題の多い検査法ですから、日本産科婦人科学会では、この検査を妊婦さんに勧めてはいけないとしておりますが、ごく一部には全例に実施して高額の検査料を請求するケースがあるようです。当クリニックでは、検査しておりません。
羊水分析→染色体異常を確定するには絶対必要な検査です。しかし、5万円から10万円程度のお金がかかります。妊婦さんのおなかに針を刺して、羊水を採取しますので、稀には流産の危険もあります。よって、私は積極的にはお勧めしませんが、遺伝的な悩みやご相談のある方には、新潟大学の遺伝外来をご紹介しています。
絨毛膜採取法→胎盤の元になる絨毛細胞を採取して染色体を調べる方法です。羊水分析は妊娠中期にならないとできませんが、この方法は妊娠初期にもできます。しかし、やはり問題がありまして、流産や出血の危険性がありますし、お勧めできません。
受精卵遺伝子分析→体外受精の場合は、受精卵が正常かどうか調べることが技術的には可能になっています。正常な受精卵のみを子宮に戻せばよいだろうという考え方ですが、いろいろな問題があります。いうまでもなく生命倫理的に許されるのか、検査手技自体の安全性が確認されていないこと、などです。

以上のように、出生前診断はたいへんに深い問題を抱えております。

「五体不満足」というベストセラーで有名な乙武洋匡さんは先天性四肢切断症(手足が異常に短い)という先天異常ですが、乙武さんのおかあさんは、初めてわが子と対面したとき、「わぁ、かわいい!!」とおっしゃったそうです。そのひとことに、障害を持ったわが子を受け容れて愛するという深い気持ちが込められていると思います。

体の不自由な方は世の中にかなり多くいらっしゃいます。
生まれつきの方もいらっしゃいますが、生まれてから後の病気や事故が原因ということも少なくありません。
ご本人とご家族のご苦労はたいへんなことだと思います。
社会全体が、障害を持つ苦しみを共有して、助け合っていくことがなにより大切だとつくづく考えさせられます。

平成17年3月31日 記